虎松(菅田将暉)は草履番から徳川四天王へ大出世します!「直虎」

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虎松(後の井伊直政)は願いが叶い、徳川家康に仕えることになります

そのとき虎松は15歳です

万千代という名をつけてもらいます

でも、超下っ端の草履番からのスタートです

その時は徳川四天王と呼ばれるうちの他の3人はその時はもう、家康の家臣としてバリバリ働いています

万千代なんてまだまだ小童

若くてやる気満々の万千代は何かとみんなからかわれてしまう存在

でも、この後とにかくがむしゃらに頑張って大出世していきますよー



徳川四天王とは?

家康を特に支えて武将のことを徳川四天王と呼びます

この4人とは、酒井忠次本多忠勝榊原 康政、そして井伊直政を指します

・酒井忠次(みのすけ)

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1527年生まれ
家康今川義元の人質だったころからそばに仕えていた一人。四天王のなかではもっとも年長者

井伊谷城開城の際にも立会いメンバーだった。その時は直虎に対してかなりキツいことを言っていましたね

本多忠勝(高嶋政宏)

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1548年生まれ
忠勝は、幾多の合戦に出陣しながらもかすり傷ひとつ負わなかった勇猛な武将として有名
武闘派で体育会系っぽさあふれる武将
虎松の元気のよさは気に入ってくれたよう

榊原 康政 さかきばら やすまさ (尾美としのり)

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1548年生まれ

真面目で実直でいつも冷静沈着。みんなのまとめ役的な存在
血気盛んな武将たちをうまく抑えていれる有難い存在

井伊万千代 のちの直政 (菅田将暉)

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1561年生まれ

最強の先鋭部隊傘「井伊の赤備え」を組織。交渉や調略にも秀でていた
徳川家に仕えたのも他に人に比べて最も遅く、4人の中では1番年下
それでも四天王に選ばれたのは、それだけ武将として突出した働きをしたと言えます

しのぶの一言

松下家の養子であった虎松

しかし家康に頼み、仕官とともに松下の名を捨て井伊を名乗ります

それで波風が立たないわけがなく、非難ごうごう、厳しいスタートを切るとことになります

時にはひどい仕打ちを受けますが、虎松は黙って耐えるのではなく、そのたびに激しく怒ります!

大河ドラマで、怒りのあまり変顔をする人は初めて見ました(笑)

でも、怒ってもすぐに気持ちを切り替えて問題をクリアする方法を模索して解決していきます

クリアしたとしてもまた次々難題を降りかかってくるのですが…

この後、万千代がどのようにのし上がって行くのか楽しみです

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