薩摩藩士の仲間!郷中!精忠組!時代の波にもまれて「西郷どん(せごどん)」

20180218nakama1

©NHK

薩摩は武士に対する教育が徹底していて、上下関係がとても厳しかったそうです

郷中では、近隣の男子が武芸や勉学で競い合い、切磋琢磨していくように仕向けられていました

戦国時代はとうに終わり、江戸の泰平の世であったにもかかわらず、薩摩ではいつでも戦闘態勢に入れる緊張感を持ち続けていたのです

そんな中で育った吉之助と仲間たちは、子供の頃から競い合いながも、一緒に遊んだり、励ましあいながら成長してきました

しかし、幕末という時代のうねりに飲まれ、いつしか歴史の舞台に立ち、お互いに袂を分かつときがやってくるのです



西郷吉之助 さいごうきちのすけ

思いやりのあるリーダー的な存在だった吉之助も、島津斉彬に仕えるようになると仲間たちとの間には若干の温度差が生まれていきます

大久保正助(一蔵)おおくぼしょうすけ/いちぞう

郷中きっての秀才といわれた、正助ですが父親が島流しになり、自身も謹慎させられたために暗い青春時代を送ります

活躍する吉之助や他の藩士への羨望はあったことでしょう

その後、国父・久光に近づき引き立てられますが、他の藩士たちとは上手くいかなくなってしまいます

大山格之助 おおやまかくのすけ

いつも揉め事が起こったときはいつも、まぁまぁと止に入るのが大山さん

剣の達人とのことですが、江戸では品川宿の美しい飯盛りタマに入れあげてしまったり…♡

有村俊斎(海江田信義)ありむらしゅんさい/かいえだのぶよし

吉之助が江戸に行った時には、大山さんと押入れに隠れて”わーっ”ておどかしたりするやんちゃな俊斎さん

何かあると真っ先に茶化しにくるタイプでした笑)

有馬新七 ありましんしち

若い頃はそれ程目立たなかったのに、吉之助が大島から帰ってきたら、バリバリの過激な尊王攘夷派になっていました…

村田新八 むらたしんぱち

相撲大会には吉之助を差し置いて自分が出ると言ったのに、当日食べ過ぎてお腹を壊してしまう新八さん

やる事も見た目もかわいいある新八どん!

西郷信吾(従道) さいごうしんご/じゅうどう

西郷吉之助の弟ということでみんなから持ち上げられ、すっかり調子に乗っていたら、お兄ちゃんにパコーンとやられちゃいました(笑)

しのぶの一言

吉之助が若い頃は、下級武士たちは貧しく大変な日々だったけれども、みんな仲がよく暮らしていてとても楽しそうでした

いつかお互いに敵味方に別れて戦うことになるなんて、思いもよらなかったことでしょう

幕末の世でなかったら、ずっと友人で兄弟でいられたかもしれないのに…

そう思うと切ないです



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