今川氏真(尾上松也)のしぶとく生きる姿に賞賛の声!「直虎」

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©NHK

今川滅亡の後も氏真さんは元気です!相変わらず公家風ないでたちでおじゃります!

家はなくとも今川というブランドはまだ健在なのです。しなやかに乱世を生き抜く氏真さまにはある意味尊敬の念が沸いてきます

戦に負けたからといって腹を斬らなくてもいいじゃない、逃げたっていいじゃない
たった一度の人生を生き抜きましょうよ命尽きるまで。と言ったかどうかはわからないけれど、そういう武将がいたっていいと思う今日この頃です



今川家滅亡後の氏真

今川義元が桶狭間の戦いで敗れその後、寿桂尼が亡くなると、武田信玄徳川家康が同盟軍が今川領に一気に攻め込んできました

氏真は配下の城を次々と攻め落とされてしまいます。氏真は駿府城を捨てて、掛川城に駆け込み籠城し応戦しました。しかし最後は家康と和睦して掛川城を開城したのです

その後、氏真は妻・早川殿の実家である北条家を頼ります。しかし早川殿の父氏康が亡くなると、後を継いだ氏政武田と和睦したため、氏真は北条のもとを離れます

そして、しれっと駿河に戻り家康に保護を求め、受け入れられました。氏真はその後、長篠の戦いにも徳川方として参戦して諏訪原城(のちに牧野城)の城主という立場を得ます。しかし城主も長くは続かず、その後出家し、宗誾(そうぎん)という名を名乗りました。

氏真は何をして生活していたの?

氏真さんは文化人ということになっています。

文化人とはなんでしょうか?

文化人(ぶんかじん)とは、文化の創造的な面に携わる人物のこと
芸術家や著作家、思想家、学者など、主に芸術や学問の分野で働く者

氏真は、蹴鞠の名手で和歌も詠み、雅楽にも親しんでいたよう
私歌集「今川氏真詠草」には428もの歌が収められています
どんな歌を詠んでいたのか気になりますよね!

辞世の句はこんな感じです

なかなかに 世をも人をも 恨むまじ 時にあはぬを 身の科(とが)にして

→世の中や人を恨んでもしかたない 時代に合わなかった自分が悪いのだから

悔しとも うらやましとも 思わねど わが世にかはる 世の姿かな

→悔しいともうらやましいとも思わないが 世の中は何と変わってしまったことか

また、織田信長から呼ばれて、蹴鞠を披露したということも記録に残っています。織田信長といえば、父親の今川義元の仇にあたる方なのですが…まぁ昔の話しは気にしない、気にしないっと〜

このあと大河ドラマでは氏真さんちょっと活躍する場面も

瀬名の危機を救うてめにを北条側に奔走したり、
また明智光秀と知り合い、謀反の話を聞き、光秀の子を預かったり

役に立ったかというと微妙ですが、氏真さんの顔の広さが成せるわざとでもいいましようか

これらについては史実には見当たらないのでドラマでの話ということになるのでしょう

しのぶ一言

今川義元氏真も戦国武将というよりまるで公家のような感じでしたよね

尾上松也さん演じる氏真は、最初の頃はプリンス感満載だったのに、形勢が逆転すると恥も外聞もなく今まで従えてきた家康にもすり寄ったりしちゃう

敵に下るのなら死んだ方がマシと腹を切ったりしそうなのところですが、氏真はうろたえたり、逃げたり、ちょっとぶざまで笑えました

それでも氏真を支援してくれた人はたくさんいたので、今川のいままでの功績あるいは氏真の人望によるものなのでしょう。たぶん!

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