島津斉彬が仙巌園(せんがんえん)に集成館(しゅうせいかん)を作った理由とは!「西郷どん(せごどん)」

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©NHK

島津家の別邸である仙厳園(せんがんえん)は目の前が錦江湾、その向こうに桜島の雄大な景観が望める素晴らしいところです

「西郷どん(せごどん)」の中でも仙厳園はたびたび出てきていますよね!

いつか行ってみたいものです♪ うっとり〜

そんな美しい場所に、斉彬(渡辺謙)は、集成館(しゅうせいかん)という工場群を作ります

なぜ仙厳園に隣接する場所に作ったのでしょうか?

それにはちゃんと理由があったのです!

そのことについて、先日NHKの人気番組「ブラタモリ」でやっていました

非常におもしろい話でしたのでまとめてみましたよ!



集成館とは?

鹿児島市の仙巌園(磯の御殿)に隣接して建てられた日本初の本格的な洋式機械工場む旧工場群

斉彬が推進した事業

・蒸気船の製造
・汽車の研究
・製鉄のための溶鉱炉の設置
・大砲製造のための反射炉の設置
・小銃の製造
・ガラスの製造
・ガス灯の設置
・紡績事業
・洋式製塩術の研究
・写真術の研究
・電信機の設置
・農作物の品種改良

なぜ、集成館を仙厳園の庭の中に作ったのか?

水の流れを利用するために山の急な斜面が必要だった

集成館では大砲を作っていました

大砲(空洞)をあける動力水車の動力を利用しました

水車を動かすには大量の水水流が必要になります

そこで、集成館裏山の急流から水を落としその水流を動力へと変換させていたのです

集成館の裏山は水路が張り巡らせてあり、工場へと続いていました。

そこに水車を設置して、3トン以上もある太い鉄の棒水車の力で回転させていました

そこにドリルを押し付けて(空洞)を開けていたのです

実は、鹿児島城下で海に近くて裏に崖がある地形はここしかありませんでした

加工しやすい溶結凝灰岩に囲まれた場所で堰を作る環境があった

鹿児島(薩摩)といえばシラス台地。大部分がシラス(火山噴出物)で覆われています。

でも、工場につながる水路の上流溶結凝灰岩で形成されていました

崩れやすいシラスではなく、溶結凝灰岩は加工しやすいため、削って水路を作るの簡単だったのです

実は、川の上流部分で溶結凝灰岩に囲まれた場所はここだけでした

このように、集成館のまわりの地形や地質は工業利用するのに非常に都合がよかったのです

集成館の現在は?

歴史資料館「尚古集成館(しょうこしゅうせいかん)」として、島津家や集成館事業の歴史を展示しています

機械工場や反射炉跡などが「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産に登録されています

しのぶの一言

仙厳園は「西郷どん(せごどん)」でもたびたび出てきていますよね

ここで相撲大会も開催されたりもしました↓

仙厳園の美しさを愛でていただけでなく、その地形・地質を利用することにより近代化を進めていった斉彬や薩摩の人たちは、ほんとうに素晴らしいと思います!

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