西郷どん(せごどん)第10回あらすじと感想!幾島登場!ネタバレあり!

20180311kichi1

©NHK

殿の命を受けてヒー様に接触を図る吉之助
そこで蘭方医に出会うのですが、その人は後に吉之助と深い絆をむすばれる関係になる橋本左内です

●前回のあらすじはコチラ↓



第10 2018311日放送

ネタバレを含みます

まだ詳細を知りたくない方は読まない方がよいでしょう

ヒーさまに接触

斉彬は、吉之助徳川斉昭のみならず慶喜にも目通りしたと報告をうけた

斉彬は賞賛し、慶喜とさらに懇意になることを要望してきた

吉之助ヒー様の正体を確かめるために、大山格之助有村俊斎を連れて品川宿を訪ねた

大山俊斎のことは放っておき、ヒー様との接触を試みた

人払いをしてふたりきりになると、ヒー様は自分が一橋慶喜だと名乗った

慶喜斉彬の差し金で吉之助が来たことを見抜いてた

そして、将軍になる気はないのでいろいろ動く斉彬に迷惑しているのだという

慶喜が将軍職につく話などまったく知らなかった吉之助は、事態が呑みこめずに混乱する

その時突然、飯盛女のタマが倒れた

偶然、旅籠内にいた蘭方医が瀉血という療法を施し、タマは大事には至らずにすんだ

蘭方医とは?

江戸時代、オランダから伝わった医学を修めた医者のこと。蘭医とも。従来からの漢方薬を投与する漢方医に対する言葉として用いられた。外科医療にすぐれ、当初は骨折や傷の手当てを中心に治療

瀉血(しゃけつ)とは?

治療の目的で、血液の一部を体外に除去すること。西洋医学において、19世紀末までは「悪血を除く」という治療概念から、血液中の有毒物質の除去や一時的に血圧を下げる目的で実施された。現代では医学的根拠はないとされ、交換輸血の場合以外には用いられない。

慶喜も吉之助も気にかかったその蘭方医は、越前の者だと言い残し、名乗らずに去っていった。のちにその者は福井藩の橋本左内というものだということがわかった

福井藩とは?

現在の福井県北東部を領有した親藩。越前藩、北ノ庄藩とも。関ヶ原の戦いのあと、徳川家康の次男・結城秀康が入封し、松平と改姓。3代藩主・忠昌(秀康の次男)のとき、北ノ庄を福井と改称した

橋本左内とは?

幕末の福井藩士。藩医・橋本長綱の子で、名は綱紀。ベリー来航による混乱期に江戸へ出て、水戸藩の藤田東湖や薩摩藩の西郷吉之助などと交流しながら時勢を論じた。藩主・松平慶永に認められて藩政改革に尽力し、将軍継嗣問題では慶永の意向に従い一橋派として奔走したが、敵対する大老・井伊直弼の安政の大獄によって処刑されることになる

篤姫輿入れへ

その後、芝の薩摩藩邸に戻った吉之助は、斉彬に慶喜の言葉をそのまま伝えた。そんな矢先、斉彬の代参で増上寺へ参詣に行った篤姫が途中で姿を消したという一報が入る

増上寺とは?

東京都港区芝公園にある浄土宗の大本山のひとつ。慶長3年(1598)、徳川家康によって現在地へ移転され、徳川家の菩提寺として繁栄。境内の徳川家霊廟には、将軍とその妻たちが埋葬されている

斉彬吉之助に、篤姫を秘密裏に探しだすよう言いつけた

町中で自分の振袖と町女の着物を交換した篤姫は、品川の梅岸へ来ていた

町行く者に聞きこみをして吉之助が探しあてた

篤姫吉之助に今和泉島津家の実父・忠剛が亡くなったことを打ち明ける

篤姫はもう鹿児島には帰れないことを覚悟していたが、ひと目だけでも国許の実父にもう一度会いたかったという無念をにじませた

吉之助「悲しいときは泣いたらよか。篤姫様、悲しみを絞りだすほど泣きもんそ」

その言葉を受け、海に向かって実父への思いを泣きながらぶつける篤姫を、吉之助はもらい泣きしながら見守った

篤姫はそれでなんとか気持ちの整理をつけた

このときのことは、篤姫吉之助の秘事となった

薩摩藩邸へと戻り、篤姫は失踪騒動を斉彬に詫びた

その後、篤姫は薩摩藩の姫として、将軍・徳川家定に正式に輿入れすることとなった

篤姫の指南役には京都の近衛家から幾島が迎えられた

近衛家とは?

藤原氏北家の嫡流の公家。九条家・二条家・一条家.鷹司家と並んで五摂家のひとつ。五摂家の筆頭として、代々摂政や関白に任じられた。

そして、なにも知らずに庭に控えてた吉之助は、篤姫付用人に任じられ、篤姫の護衛を担うこととなった

こうして篤姫の指導をすることとなった幾島は、篤姫に身分の低い吉之助と会話をしないように言いわたした

そして薩摩ことばの使用も禁じた。薩摩ことばでは女中たちの嘲笑を買うだけで、大奥の統率ができず、それは幾島の恥であり、ひいては島津家の恥になるからだ

幾島は吉之助にかまわず篤姫の前に「奥奉公出世双六」を広げた

この双六を使いながら、幾島は1000人ほどの女中が仕えているという大奥の身分や役職を説明した

女中を束ねるためにも御台所には器量と才覚、威厳が求められるのだと篤姫に語る

やがて篤姫に所作の訓練や諸芸の稽古などの猛特訓がはじまった

次に幾島篤姫に差しだしたのは数枚の枕絵だった

それを見た篤姫は動揺するが、幾島は真面旨にこれも御台所として輿入れするための修行だと諭した

家定にはまだ世継ぎがいなかったため、御台所としての篤姫の最大の役目は将軍家の世継ぎを産むことだと幾島は唱えた

吉之助がそばにいては篤姫が男女の秘めごとを学べないとして、この日、吉之助は早めのお役御免となった

将軍次期

先日、旅籠でタマの応急手当をした蘭方医吉之助を待っていた

勝手に吉之助の部麗に入りこんでいたその男は、福井藩の藩医・橋本左内だと名乗った

そして表のようすを確かめて玄関戸に心張り樺をした

左内は、吉之助斉彬の密命を受けて働いているように、自分は主君の松平慶永の密命を受けて動いているのだという

この日は主君からの書状を内密に斉彬に渡すため、ここに来たのだと打ち明けた

その書状には、一橋慶喜を次の将軍にする策について記されていると知り、吉之助は混乱する

一方、左内は、混乱する吉之助に対し、西洋の諸事情に通じている斉彬が幕府の仕組みを変えようとしていることを、紙に図を描いて説明していた

左内によると、斉彬は親藩・譜代大名・外様大名を問わずに有力な諸藩が意見看出しあって政治を進めていく「衆議一致」という新たな制度を築こうとしているという

その新たな仕組みをつくるために、篤姫の輿入れ慶喜の次期将軍就任のふたつの計略を同時に進めているというのだ

それでも吉之助は、ふたつの計略を並行する理由が解せずにいた

すると左内は、将軍・家定の体が丈夫でないため、篤姫が世継ぎを産んでも、天下に万が一の事態が起きたとき、幼子では難局を切り抜けることはできない

そのため英邁な慶喜を次の将軍につけるという計略も並行して進めているのではないかと言う

その後、吉之助左内から預かった慶永の書状を斉彬に渡しにいった。

その時、篤姫家定に輿入れするにもかかわらず、慶喜を次の将軍にしようとしている理由を聞いてみた

斉彬は外様大名の薩摩藩が幕府内での立場を盤石にするため双方から働きかけているのだと説明する

吉之助篤姫に世継ぎができれば、次期将軍がふたりになってしまうのでは?と疑問をぶつけた

すらと、斉彬は異国と互角に渡りあうためには、早急に慶喜のような英邁な人物に将軍になってもらって、有力な諸藩が力をあわせねばならないと主張した

吉之助は、篤姫の輿入れは、将軍の御台所になって大奥のトップに君臨し、世継ぎを産むためだと思っていたのだ

斉彬「於篤は、不幸になる」

吉之助のなかに、初めて斉彬への怒りの感情がわきあがった

しのぶの一言

吉之助がヒー様や橋本左内にマル秘情報を教えられると、ビックリして大声で復唱してしまったり、幾島による篤姫の育成中、控えているいちいち反応して同じようなことをやったりするのがコミカルで笑えました

今回は篤姫の輿入れが実はあまり幸せな未来が約束されてないことがわかり、吉之助がモヤモヤしている感じで終わってしまいました

この先がちょっと心配ですね

来週もまたひと波乱ありそうな予感…

●次回はコチラ⬇

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