岸さん(岩松了)が実物にそっくりだった!「いだてん(韋駄天)」

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いだてんに出てくる岸さんこと岸清一(岩松了)は、派手なアクションでおなじみの嘉納治五郎(役所広司)とは対象的で地味なおじさんです。

岸さんが2代目会長をつとめる、大日本体育協会はいつも資金不足。岸さんはじめ役員たちはみんなお金集めに四苦八苦しています。

嘉納先生の突拍子もないアイデアに対して、メガネの奥からジトッとした視線を送って、ため息をついたりすることも多い岸さん

でも選手たちを応援している、熱くなって涙を見せることもあります。真面目だけど、情熱的な一面もある、どこか可愛げのあるおじさんです。

岸さんが亡くなった時は、ネットでは悲しみの声がたくさん寄せらていて、意外に愛されキャラだったということがわかりました★



岸さん役の岩松了さんと岸清一とが似ている!

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Wikipediaより

岸さんを演じる岩松了さんって似ていますよね。

「いだてん」第32回では、岸さん左目だけが二重になっていると騒いでいるシーンがあります。

「いだてん(韋駄天)」第32回!岸さんとの別れ!ネタバレあり!
第32話 2019年8月25日放送ネタバレを含みますまだ詳細を知りたくない方は読まない方がよいでしょう...

実際の岸清一氏の写真も、左目だけが二重でした(笑)。

岸さんは他の人からどのように言われていたか?

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©NHK

いだてんの登場人物による岸さんの評価は下記のようになっています。

田畑政次

「嘉納治五郎より顔は悪いけど、頭はいい!」

日米水泳大会開催時に田畑(阿部サダヲ)が協力を仰いたときの一言。ちょっと失礼ですが、マーちゃんだからしょうがないですね(笑)

嘉納治五郎

「男泣きは岸さんの専売特許だ!」

さんの葬儀で、涙も出ないと言ったあとの言葉。なんだかんだ言っても嘉納さんはさんをすごく信頼していました。

野口源三郎(永山絢斗)

「泣くか文句言っているかどっちかでいしたね。」

さんの葬儀での一言。いつも近くにいた野口さんはさんのことを的確に表現していますね(笑)

岸 清一(きし せいいち)

慶応3年(1867年)松江藩の下級武士の次男として生まれる。

小学校時代の同級生には、若槻禮次郎(第25代・第28代内閣総理大臣)がいる。岸と若槻とは従兄弟の関係だった。

東京帝国大学法科大学に進学。
学生時代は漕艇(そうてい)選手としても活躍。卒業後は弁護士になる。

1910年(明治43年)法学博士となり、1915年(大正4年)には東京弁護士会会長に就任した。

1932年(昭和7年)3月には勅選の貴族院議員となり、死去まで務めた。

1933年(昭和8年)10月29日、病気のため死去。66歳没。

近代スポーツ会の父として

1911年(明治44年)に大日本体育協会(日本体育協会)が嘉納治五郎によって設立された際には維持員として参画する。

1916年(大正5年)に副会長に就任
1921年(大正10年)3月に第2代会長に就任した。

1920年(大正9年)6月、日本漕艇協会(日本ボート協会)初代会長に就任。その後顧問となる。

1924年(大正13年)6月 国際オリンピック委員会(IOC)委員に就任し、死去するまで務める。

岸記念体育会館を建設

岸の死後、遺言により100万円の寄付がなされ、1940年(昭和15年)にお茶の水に岸記念体育会館が建設された。

1964年(昭和39年)の東京オリンピック開催を機に同年7月に渋谷の代々木に移転された。

2019 年 岸記念体育会館を新国立競技場の隣接地に移転し「JAPAN SPORT OLYMPIC SQUARE」と名称を改めた。

館内には「岸清一メモリアルルーム」が設けられている。

岩松 了(いわまつりょう)さんプロフィール

1952年生まれ、長崎県出身。
俳優、劇作家、演出家、映画監督

主な出演作

ドラマ:「刑事ゆがみ」「花子とアン」「ゾンビが来たから人生見つめ
直した件」「天地人」

映画:「猫は抱くもの」「22年目の告白-私が殺人犯です-」「おじいちゃん、死んじゃったって。」など多数出演

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